なかなかおもしろかったです。
この本には、技術職になりたくて、マネジメントなんて嫌いな人間が、マネジメント職に任命された後、どうにかやり続けてきた中、試してきたことと、その結果で考えついたことの記録が書いてあります。
とあとがきにありますが、「記録」という表現が確かにあっていて、なかなか生の話が書いてあるように感じました。
エンジニア向けのマネジメント本の多くは、メンバーをどうマネジメントするかといった「部下へのベクトル」が多いように思います。 しかし、本書は以下目次を見るとわかるように、お金や育成、そしてそれらの社内への見せ方・交渉の仕方的な部分も含めて書かれています。
- 1章 マネジメントできるのは未来だけ
- 2章 理想を描いて余裕をつくる
- 3章 部下は思いどおりに動いてくれない
- 4章 学べる仕組みを実装する
- 5章 キャリアパスから組織を考える
- 6章 組織の中のお金の理屈
- 7章 完成したマネジメントなんてない
- 8章 正解のない世界でマネジメントをしていくには
お金まわりや、部下を育成しながらやりたいことをやるための進め方、良い意味での社内政治に通じるところもあるかもしれませんが、そういった内容はマネージャーをしたことのある人であれば「ああわかる・・・」となる部分も多そうです。そのぶん、まだマネージャーをしたことがない、あるいは始めたばかりという人が読んでなんとなく雰囲気を察しておくのも良さそうです。(読んだからといってうまくできるわけではなく、おそらく実際体験して苦労してから「書いてあったじゃん・・・」となるパターンですが。)
以下、面白かったポイントをいくつかピックアップします。
科学的・理論的にマネジメントをする
社内政治に通じる、と書いてしまいましたが、この本のスタンスを表すキーワードとして、「理論的」や「科学的」といった言葉がたびたび登場します。
残念ながら、教育期間の中で身につけたであろう「科学の力」は、入社した会社社会の中で「社会人」としての教育を受けていくうちに錆びついていってしまうようです。それを痛切に感じたのは、大学院でさんざん研究をおこない論文を書いてきた新人が、社会人となり3年程度経った後に再度先ほどまでのような訓練を受けた際に「3年前に教えてほしかった。今までの時間はムダだった」 と嘆きの言葉を発したときでした。社会人になり、社会の習慣に則ると、挨拶から始まり、諸々の前提の記述から結論は終わりのほうに述べるというやり方を習わされることが多いのではないかと思います。事実よりも先に、人間社会のいろいろな約束を考えることを教わると、「科学の力」を素直に使うことができなくなっていきます。そんな姿をそこかしこで見ました。
この部分の文脈を補足すると、科学の力というのは、仮説を立てて検証し、結果から学びを得て更に次の仮説を立てるといったサイクルや、学術論文のように最初に結論を述べてそのさきを記載するなど、理系が大学・大学院で学ぶような普通のこと、を指しています。
人間関係、あるいは交渉に長けたマネジメントの価値観の人ばかりになってしまうと、理論的なことよりも感情的なことを優先して行動に移してしまうようになります。人を動かすことばかりを追い求めたマネジメントは、人々の感情を汲み上げ揺さぶることを中心として動いてしまいがちです。しかし、世界で起きる多くのことは、人の感情を元にして起きているわけではありません。むしろ、 世界を理解するためには、自分自身の感情が信じたいことを否定する ことが必要です。
これらの部分からわかるように、「お気持ち」でのマネジメントを推奨しているわけではなく、むしろ技術者がマネジメントを行うことで理論的・科学的に議論ができ、そのような状況が技術者にとっても生きやすい環境になる、という考え方で書かれています。
期待しすぎない
のが大事だ、と私は捉えました。
以下2つの引用部分がとても刺さったというか、「ああそうだよな・・・」と感じたところです。
私は、準備ができていて要求されたことを果たせる状態からマネジメントの責任が与えられた経験は一度もありません。まわりを見てもそういう人は見かけませんでしたし、自分が部下に対して何かを任せるときも、「確実にすべてをこなせる状態だから与える」ということはしていません。
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決断することを任されていることを、自分自身の能力や人間性と結びつけて考えずに、「役割」と捉える鈍感な感性も重要です。それは、決して無責任ということではなく、マネジメントはだれかがこなさなくてはならない役割にすぎないことを忘れないでいるということです。そして、その役割を果たしている人間に特別な価値はないのです。
雑な言い換えをするなら、「自分にも、他人にも、期待しない。やって成長する前提。」ということのように思います。
期待しすぎたり、上記引用の最後のように「特別な価値」があるかのように感じてしまうと、傲慢になったり、過剰なプレッシャーを感じたりします。そうではなく、自分自身が不完全でありマネジメントをやりながら身につけていくのだという意識と、その役割自体は「だれかがやるべきもの」で「たまたま自分がやっている」くらいに思うべき、です。
これは新任マネージャーが教わる機会は、もしかしたら少ないのかもしれません・・・この部分だけでも、本書の価値が十分あると感じています。
まとめ
雑多なまとめになりますが、エンジニアをやっていてまさに「マネジメントは別にしたくない」とか、あるいは「やりたくはないがやらざるを得ない」という方は手にとってみると良さそうです。
Tipsが細かくたくさん書かれている本などはインスタントな解決策が書かれていますが、本書はもっと「読み物」としてリアルを追体験するなかでヒントがたくさんある、というタイプなので、困る前から読んでおいてあとで再読するのがオススメです。