よくXなどで「QAエンジニアって、成果の説明が難しいよね」とか「価値を実感してもらうのが難しいよね」といった話を見かけます。また、自分自身も社内外でポロッと言っているような気がします。

「難しいよね」に対してはなんらかアプローチを考える必要があるのですが、それはそれとして「説明し難い価値」に対しても目を向けるべきだなと感じていて、そのうちのひとつが「そこに居る価値」です。

「存在すること」の効果を無視せず大事にしたい

仕事中とある開発チームの支援をしていて「QAがMTGにいるだけで空気がちょっと変わって、ありがたい」的な話をされたことがありました。

これは「厳しい指摘がなされるのでピリッとする」という文脈ではなく、普段開発メンバーだけで会議をするときに比べ「社員だけど別チームから来てる人」が居ることでやりとりされる会話がすこし丁寧になったり、いい意味でテンポを少し落としてやりとりして、ということだと理解しています。

ほかにも、明示的に「プロジェクトにQAエンジニアが参加しているぞ」というだけで、たとえば開発者が「このコードはテストしやすいように書いておこう」とか、なんらか意識に作用する場合があるんですよね。実際「(QAとして)伊藤さんが参加してると背筋が伸びます」と言われたこともありました。(恐縮

こういった、存在することによってなんらかの行動につながること、というのは一見わかりづらいですし、期末の評価で「成果です!」とアピールしたりしづらいものではあります。実際にともに働く同僚に話を聞いているときにぽろっと出てきたり、そんなレベルです。でもこれってかなり大事なことだと思うんですよね。

さすがに「おれは存在するだけで価値があるんだ!」なんて態度でいると「何だこいつ」となってしまいます。が、もしQAエンジニア自身が「自分はなにもできてない・・・」と自信を失っているとしても、実際周りの開発者にとっては居るだけでポジティブな影響を与えている可能性はあります。また、自分自身の努力の方向性として「居るだけでなんらかの価値が発揮できる存在になろう!」という、ひとつの理想像として持っておくくらいがちょうどいいのではないかと思います。